薬だった飛鳥・平安時代
日本人が搾乳や牛乳について知ることになったきっかけは、百済からもたられた医学書や経典と共に日本にやってきた牛乳の薬効や乳牛の飼育方法が書かれた書物からでした。
大化の改新の頃に皇室に牛乳が献上され、その豊富な栄養素から「牛乳は人の体をよくする薬」として喜ばれ、献上した者に「和薬使主(やまとくすしのおみ)」という、医者として牛乳を管理する者という意味の称号を与えたほどでした。
日本で牛乳が飲まれるきっかけとなったのですが、庶民の口に入るようになるにはまだまだ先のことでした。
薬用として大事にされた牛乳は、毎日2300mlもの量が皇室に納められました。
酪農が広まると、「蘇」という牛乳を1/10に煮詰めたものが税として納められるようになり、貴族の間にも健康維持や病気の時の健康の回復に薬としてもてはやされました。
平安時代も末期を迎える頃には「蘇」を税として納める制度もすたれていきます。
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